中山府仁夫遺作展

2012、10、15(月)〜21(日)                     東京・渋谷・アートギャラリー道玄坂

 中山府仁夫は大学2年から5年間同じ釜の飯を食った親友である。          死んでからもう9年が経つ。                           彼の画家としての才能は実力に見合った世の評価がないままである。

大学に在学中に『全国学生油絵コンクール』で大賞を受賞し、『新制作」に20歳そこそこで入選するなど、一応の評価を浮けたが、その後は個展と数少ないグループ展だけを発表の場として『自分の表現の自由』を大切にして制作活動を続けてきたのである。それは表現内容・表現のスタイルつまり作風など持たず、自由奔放に表現し続けたこれまでの画家では許されない生き様を貫き通した結果であった。表現を純粋に守り続けることが如何に困難なことであるか、社会の、そして美術村の正当性を欠く状況を彼は実証して死んでいったと思えるのである。後に残された者は彼の表現の、そして生き様の正当性を実証する責任があると思いこの遺作展を企画した。しかしこれにはもともと無理と困難がつきまとっている。                                  舞台はその観客としてその劇場に居合わせなければ、本来の鑑賞にはなりえない。音楽の演奏はその演奏会に立ち会わなければ本当の『音楽を聴いた』ことにはなり得ないのかもしれない。しかし現在記録映画や様々なレコードが世に出回り、さらに現在ではテレビやインターネッタなども参画して多くの人の感動を得ている。             さて、彼の本当に勝負しようという作品の多くはその展覧会場だけで見られるもので、そこで制作され、終われば解体されるというもので、残されているものが少ないのである。そんな彼の作品をどのようにして世に訴えるのか。カラヤンの指揮するベルリンフィルの演奏を世界中の多くの人たちが優れたレコード技術によって感動を受けているように、彼の『その場だけの表現』をデジタルの技術を活用することによりどの程度再現できるかという試みがここには内在しているのである。アートの世界では、画集というものが存在する。それより表現の本質に一歩近づいたイヴェントになればと願っている。これまたその現場に行かなければというものになることも織り込み済みである。

作品は大きなものでは10m×2mを超えるものが多いが、それを記録写真を元にしデジタルで再現したものと、小さなスケッチ風のものをデジタルで拡大したものと、残っていた小作品の実物とが三つ巴となる約60点以上の密度の濃い展示となる予定である。美術に関心のある方には貴重な7日間となるはずである。

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