こらむ 123  ひたすら頑なに 

7月3日4時、何か気になっていることがある、と7月3日4時になって気がついた。携帯電話で予定を調べたら「片岡昌展レセプション」が伊東市の池田美術館で行なわれる時間であった。連絡いただいた封筒を確認すると参加についての葉書も入っていた。数日前締め切りのものである。結局始めから行く気もなく「どうしよう」などとためらっていたのがこの結果である。私は数多くの個展を開いてきたが(トータルで100回を越え、デジタルになってから43回になる)ただの1度もレセプションというものを開いたことがない。その昔、何回か人のレセプションに参加して、これは絶対に開きたくないと決意して、それを頑なに守り続けているのである。極親しい人の個展でもその日を避けていくことにしている。ここのところ何度も2人展を行なってきた片岡氏の大きな展覧会なので迷うところはあった。しかし、今回も自然のうちに回避していたようである。

公募展や政治臭のある団体へ近づかない。権威を振り回す作家や評論家にも近づかない。金儲け主義の画商はお断り、などしっかりと頑固に守り続けてきたものの一つとして「レセプション」に対する拒否反応である。自分の表現を守り続けるために「多分それは回り道で、余計なことのように見えるが必要なこと」と思える部分もきっちりと切り捨ててきたものである。これはここだけの話だが、「このような頑なな道を歩んでいる人間でも、いい仕事ができた」という結果を残したいと思っているのである。これは私の人生をかけての闘いなのである。権威におもね、権威者になり、人間関係をうまく立ち回り、お金を儲けるのもいいが、私はその道を拒絶したのである。だから勝負所はただ一つ、一生の中でどれだけの仕事をしたかになる。しかもこれは本質的に「他と比較する」問題ではないのである。その評価はあくまで自分でに対する絶対評価しかない。自分で「自分の選んだ人生」をよしとするか、後悔するか。それは後悔しないに決まっている。残された評価は作品の出来にかかっている。後どれだけのことが出来るか、それは天才でもない人間が頑固に自分の信じる道を歩み、頑張って制作すれば、この程度のことができるというサンプルにでもなればと思っているのである。                 2010.7.4

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