こらむ 119  表現様式・作家のスタイル

4月19日から始めた「週刊ギャラリ」も目標の1000点に達するには後10数日となって、制作してきた作品群をそろそろ見返す時期に来ているかなと考えている。改めて自分の制作について考え直す必要もある。ただ毎日追い立てられるように制作をしていて、じっくりと考える余裕やどなく、感覚的・触覚的制作の日々が続いているわけで、その制作途中で自分が何をやっているのか、考えてみることも必要なことだと感じている。過去の作家にとって「私はこのように考え、生きているから、このように表現する」という主張は大切だったかもしれない。表現内容と表現様式や表現方法が一致している状態である。また多くの作家が心掛けていることに「自分の画家という地位を高めるために(例えば××会などという会の会員になって、認めてもらうために)作風を確立する」ことがある。また絵を商品として売るためには、××会会員という肩書きと同時に「この画家はこういう絵を描く人です」というトレードマークのようなものも必要であろう。また一つの表現様式を高めたものにするためには、同じような表現を繰り返して追求する方が効果的だということもあろう。これらの全てが私にとって無用なものと考えているのである。地位も金もいらない。私はこう考えているということがあっても、それは固定的なことではなく、常に流動的でありたい、変化し続けたいという考えなので、表現様式も一定ではないと言うのが当然の成り行きなのである。同じ様式を繰り返し表現することによって、表現を高めようというのはその通りだが、タブローなどで表現している作家とはまるでサイクルが違うので、同じ地平で考えるわけにはいかない。1日とか1週間、あるいは1月とか1年で作品の質を高めようと努力している人と、1日に12枚の作品を提示している人間と同じ論理で、同じ方法で考えようとするのには無理がある。私にとって、この自分のやり方が正しいとか、こうやればいいとか結論を出して行動しているのではない。前の人の後をついて行くのでもない。新しい方法を見つけ出さなければならないのである。ただ制作のスピードやサイクルがまるで違う。1点1点の作品に対しての反省の回数も違う。この夥しい制作と反省の山はこれまでの作家にはない、私の力であり、武器である。これらをどう組織化し活用するかがこれからの重要な課題だと考えている。そのことを提案するための具体的なひとつの形が「週刊ギャラリー」であり、それに続くこれからの作品整理、それからの論理的整理なのである。そして後に続く制作計画の確立である。デジタルアーティストとしての生き方、制作の在り方、考え方の一つの方法を探索しながらの毎日である。                                   2010.6.30

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