こらむ 118  「変わらないもの」の変化

昨日は京都の寺の話であったが、今日は政治の話題から攻めて見よう。日本では「国歌」を歌わない政治家が首相になった。これからどうなるのか、私は意地悪く観察し続けたいと考えている。彼は多くの人が「国歌」を歌っている時も律儀に口をとざしている「保守的人間」である。自分では「進歩的」と考え抵抗している一連の人たちの一人が首相になったことを、誰も指摘しないのは不思議なことである。彼らの論理は単純である。戦争中に歌われ、多くの国民を欺いた「国歌」は歌うべきではないと考えているのである。私も始めはそう考えた。しかしその考えがころりと変わってしまった時期がある。戦争が終わって様々な反省をしている中で20年以上たっても「国歌」を犯罪人扱いをしている状況に疑問をもったのである。その「国歌」に責任があるとすれば、そう思っている人の一番先にすることは「新しい国歌」を作ることではないか。それをしない自分を恥じた。また戦争を知らない若者たちがオリンピックなどの国際的スポーツの祭典で一生懸命「国歌」を歌っている姿を見て、「君が代」の意味が変わったことを思い知らされたのである。戦争が終わって60年頑固に「国歌」を糾弾し続ける人たちの一人がその国を牽引していくという。これは笑い話でない。これはシュールリアリズムの一つの宣言「ディペイスモン」を想い起こすことである。「ものの意味や価値は、その背景の変化で変わる」というとても重要な指摘である。「国歌」は同じであっても、社会状況や、そこで生活する人々が変われば、その「国歌」の形は変わらなくても意味は変わるのである。そのことに気付かない「昔の進歩人」たちは、日本の首相は、現在アフリカで開催中のサッカー大会で日本選手が歌う「国歌」を相変わらず苦々しく思っているのだろうか。外形を変える努力をしないのなら、その意味を変えればいい。いやすでに変わってしまっていることに気付けばいいことなのである。過去を引きずっている人たちが、今の若者たちに「それは悪いものだからやめなさい」などと言い続けるのは、もはや滑稽な姿であることに気付いて欲しいのである。彼らの多くは真面目な人たちである。ただ考え方が保守的なだけなのである。あわれを増すの本人たちは進歩的だと考え違いをしているところである。60年も同じことを叫んでいれば、その叫ぶ言葉は同じであっても、その社会における意味は全く違ってしまっているのである。「君が代」を歌わないことに人生をかけている高校教師の話など虚し過ぎる。もっと目の前の「今の子ども」を見つめることから、教育を始めるべきである。今の子どもにとって「君が代」とは「国歌」とは問い直してみるがいい。私が40年前の子どもたちに出したアンケートの第1位は「その日のテレビ放送が終わる時に流れる曲」という回答だった。そのアンケートの回答には戦争の影はほとんど皆無であった。戦争を知らない真面目な有識者(その多くは昭和20年以降の生まれ)と、その残党が、その心の中に作り出した怨念を、全く関係ない若者たちに押し付けるのはいい加減にやめてもらいたい。忌まわしい陰を持った「国歌」を新しい歴史の中の「国歌」に甦生させるさせる作業こそ、次世代を育てる教育者の使命である。シンボルは外形は同じであってもその意味するところは違ってくるものであることは、極当たり前のできごとである。そして何よりも、シンボルのもつ意味が「永遠不変なもの」などと考えないことである。絶えずその周囲との関係で意味は変わりゆくものである。「進歩」は「退化」「保守」へと変質していくものなのである。大切なことは「外形が同じであっても中身はこのように変化するものである」という認識であって、馬鹿の一つ覚えで「反対」を叫ぶことではない。子供たちには「この国歌はね、明治に作られた頃は、このように考えられて、戦争中はこのように悪用されて、今はこうなっているのさ。同じものでもいろいろと意味が変化していくものなんだよね。」と教えればいい。国歌を歌わないで、起立もしないで粋がっている保守教師なんてまったくのお粗末。              2010.6.29

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