こらむ 113   人間のなすべき仕事 6

昨日書いたピカソの活躍は、20世紀初頭のことで、日本でいえば明治・大正の話である。それから70年〜100年が経過した現代「写真」「印刷」「版画」「コンピュータ」との関わりの中でアートを再認識しなければならないと考えている。その上ピカソは大天才で、私は普通の凡才である。ピカソの考え方や、制作、写真との関わり方を参考にはするが、表現法については真似たり、修練したりしてもとても追い付ける世界ではない。別な道を探るしかない。現在の私がピカソと基本的に異なる部分は「写真のもつ外形」に対する認識の相違、活用の仕方である。彼の場合「外形」はよりリアルに対象を表現するための貴重な資料としての意味がある。しかし私の場合「写真の外形」を極力消滅させたいという意識が無意識に働いている。元の写真は十分に活用してはいるが、それは外形ではない。写真の外形を破壊し「予想外の形態」を発生させ、それらのイメージから自分なりの「選択」をし、整理するところから集中的な制作が始まるのである。そのような制作経過を一例だけを提示してみたい。下の左上側が元の写真で、エスカレーターとそれに乗る人を撮ったものである。私にとって駅もエスカレーターも表現したい対象ではない。ましてそこにいる人などにはほとんど関心がない。この時点では作品のテーマ、制作の方向性も全くない。まず元の写真に「極座標」という命令をかける(極座標1)。これに様々な色の変化を与えてイメージの探索をする(極座標011)。極座標1に様々な形の加工を試みているのが極座標021〜023でそれを纏めたのが03となる。ここでおよその基本線が見えてきて「制作資料」として保存される。これを起点に様々な基本構成などを試み(作品1)最終的には「曼荼羅」の様な構成に到達する(曼荼羅構成)。この段階でもさらにさまざまな加工を試みその一つが最下段作例のように形態の上でも色彩の上でも様々な試みがなされ選択されるのである。そして「曼荼羅構成」を元に、ユニットの向きや配色など微調整しながら制作をすすめ最後の「曼荼羅ボタン」という作品に到達するのである。(「週刊ギャラリー」65の上6点がそのバリエーションである)私が資料収集としてカメラのシャッターを切っている時はそれなりに対象は選んでいる。しかし完成作品を思い浮かべているわけではない。そこには確実に制作上の断絶がある。私にとって資料を解体し「思いがけないイメージ」にであったところから本格的な制作が始まるといっていい。つまり制作の操作の途中のイメージから表現すべき到達点を見いだし、作品として集約いていくことを考えているのである。                    2010.6.23

(作品例はタイトルをクリック、さらに画像をクリックで拡大してどうぞ)

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