こらむ 94 制作の具体的な進行について 1

私が表現技法として選んでいる「デジタル表現」は材質との関わり、感触からの思考(指先や手・体が考える)が欠如している。これはこれまでの人間が選択してきた表現とは根源的に異なっていることを意識し、それなりの工夫が必要であり、同じようなものだとたかをくくって制作していれば「下絵をしっかり仕上げてからその下絵に従属された彫られた木彫作品」と同じになってしまうと考えているのである。その一つとしてこれまで「取材」あるいは「素材収集」の在り方について考え、述べて来た。これが木彫家が彫るべき素材を見つけて歩くのと同じと見立てるのである。この時点で彫刻家は出来上がりの姿を思い浮かべているかも知れない。しかし「木」を彫り始めた時思い浮かべた姿に対して「木」は抵抗する。木は生きものであり個性がある。木がなりたい形がありその主張と彫刻家のイメージとの闘い、対話、協調の中で制作が進められる。このような過程をデジタル表現のおいてどのように考え直したら良いか。現在の私が多用している方法は「画像の破壊」あるいは「画像の反乱」と名付けている過程である。例えば画材の一つとしての写真がある。興味を引かれたからシャッターを切ったのであろう写真が素材である。それをそのまま生かして制作するのも一つの方法かも知れないが、それを「思いがけないイメージ」に転換してから制作に入ろうという考えである。ここで「制作の種明かし」をより明快にするために、今日あたり掲示している「週刊ギャラリー」の作品での制作過程を具体的に提示してみたいと思う。(タイトルクリック)

左上の作品が元の資料写真である。それに「極座標機能」をかけ、変形させたのが右の資料で、この辺の状態を「中間資料」として分類している。それをさらにトリミングをしたり、様々な機能を使用して作品に近付けようとしているのが右上の図形である。2段目、3段目は右半分、左半分を使用してシンメトリーの状態から出発して制作したものである。その操作の選択は自分にとって「思いがけない図形」が生成されることを期待しながらのものであり、常に新鮮な出会いを期待しながらの制作進行を心掛けている。                   2010.6.4

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