デジタルまでのみちのり

その当時、キャンバスも油絵具もまともに買えなかった私は、ベニヤ板にエナメルで絵を描いていました。そこで描いている作品より、床に飛び散っているエナメルの方が感動的であることに気付き、自然発生的に『アクションペインティング』にはまりこみました。1950年代にはマーク・トビーやジャクソン・ポロックなどが紹介され始めていたので、まさに時流に乗ったという感じで、新制作協会展やアンデパンダン展に出品して、画家になったような気分でした。しかし、この方法に私は5年間で興味を失い、同時に公募展もむなしい存在になっていました。

もっと自分に合った表現はないかと考えあぐねた結果たどりついたのが『光』でした。しかし当時、光での表現など、どこの画廊でも受け入れてくれませんでした。間もなく自分でも光で表現したいという人が画廊を開き、私の家まで訪ねてこられたのです。こうして銀座や新宿での光の個展が始まりました。『光』は『音』も必要とし、自作自演で多重録音したテープで音を会場に流しました。また、自作の8ミリや16ミリの実験的アニメーション映画を個展会場で上映しました。そこからごく自然にインスタレーションに移行したり、セッションが始まったり、とてもスリリングな時間と空間を堪能することができました。それから発展して空間表現で様々な実験を行うというのが1999年まで続けた私の表現スタイルでした。

  

デジタル作品

そんな私の身近にコンピューターがやってきたのは1983年のことです。手始めにアニメーション制作から入り、すっかり『お気に入り』という感じでした。今から思えばかなり素朴なものでしたが、『これこそ私の求めていたもの』と直感したものでした。

それから10数年間、マシンもソフトもプリンターも急速な進歩を遂げました。そこで時期到来とばかりに、デジタルの平面作品で個展を開いたのが1996年のことです。それから来る日も来る日も作品を造り続けました。才能の無い人間が天才に近づく方法は,小さなステップを無限回数繰り返し続けるしかありません。そのためにはコンピュータは素晴らしい道具です。毎日食事をするように、毎分呼吸をするように、毎秒瞬きをするように、制作することだと考えました。沢山の作品を制作し、選択をし、多くのデ-タを気前良くゴミ箱に捨て、残った作品からさらに枝分かれしながら増殖を続ける、これが私の制作方法です。そのエネルギーの源となっているのが作品発表です。この17年間で個展を50回、グループ展を約30回行ってきたのがその実態で、その痕跡を『個展の記録』と『グループ展の記録』として並列してみました。また,これまで制作した作品は『とらわれること無く,さまよい歩いた軌跡』なので、傾向が多岐にわたっています。それらをいささか分類したものを『作品集』としてまとめてみましたました。これは今後順次差し替え、『季節的な大きな個展』のようなものにしていきたいと考えています。街のギャラリーで行う『個展』と平行して私の大切な発表の場にして行きたいと思います。


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